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『1日10分般若心経瞑想法』

奥野誠也住職/著 (モダン出版)
「般若心経」がもつ不思議なパワーを誰もが体験できるように平易な文章とイラストで解説した瞑想法指南の書。

老師御法話

『「油断」を戒める御仏の教え』(正峰*第24号)

新しい年の初めに当りこの一年を顧みまする時に、まず健康に恵まれて檀家の皆さまと共に桃源院の諸事恙なく遂行出来ましたことを無上の慶びと致して居ります。と同時にお寺の運営についても護持会を支えてくださる皆さまの格別な御配慮によりまして何等の支障もなく、内容をも向上させて頂いて居りますことを心より感謝申し上げます。

さて、目を外に転じてこの一年の社会問題を考えて見ます折に、各地に次々と発生した学童間のいじめの問題が大変にクローズアップされています。又近親者間での殺人事件なども異様な形で続発し、本来最も平穏である筈の人間関係に、理由のわからない変調が生じていることに一種の戦慄を覚える程です。なぜこのような悲惨なことが相次ぐのか、この時期なぜこうした異常が増えるのか、世の識者が色々と指摘をしていますが、本当の所は何一つわかりません。唯一言えることは、子供社会に生ずる問題は親達、大人達の世界に起こっている問題や“歪み”の反映だと言えることです。現代社会の倫理観等について今何が一番大切かを、大人達が真剣に考えて見る必要があります。先ず自分自身をそして家庭、友人間や職場と近い所から糺して行くべきでしょう。親は親らしく、躾の出来る親であるべきです。そして、学校では、校長は校長らしく、先生は教員たる品格と信念で情熱を持つべきでしょう。先ず、大人の社会を健全にすること、子供はその反映で自然に良くなるものです。

仏教の教えに「油断」というのがあります。このことについて少しお話させて頂きたいと考えます。最近ガソリンとか灯油などが値上がりしています。私達の日常生活に著しい影響が出ています。夜も昼も過ごせない状況ではありませんが、家に冷暖房、室内の照明や食事の調理は申すには及ばず、車も走れませんし、衣服の繊維にも使用されていますし、産業は勿論のこと、文化や政治の面にまでオイル即ち“油”の問題は大きな意味を持っています。

昔も油は大切でした。こんな話があります。お釈迦様の説法の中に「涅槃経」というお経がありますが、その中に伝えられているお話です。

昔、印度の或る王様が、臣下を試そうとして鉢に一杯の油を入れたものを捧げ持たせて、城の北門から南門へと歩いて行くことを命じたのです。行手には、商店など人の行き交いの激しいにぎやかな通りもあります。もし油をこぼしたら命を断つと言明されました。「油断」という言葉はこれから出たものです。油がそれ程にたいせつなものだと言うことを、この話に置き替えたものです。油を大切にしましょう、王様に命を断たれぬためにも・・・・。日本の油は、その95パーセント以上を外国からの輸入に依存しています。諸外国と仲良く友好関係を結んでいてこそ日本の繁栄があるのですから。日本は本当に幸福な国です。軍隊もなければ民兵など居ません。国民それぞれが皆、努力すれば生業に励むことが出来るのです。一寸とした不注意は油断です。この油断の語源の起こりを今一度ふりかえり、日々の生活に怠りなく、御仏の御命を活かすべく精進して参りたいと存じます。

道元禅師の「学道用心集」に頭燃をはらうが如く修行すべしとあります。一瞬一瞬が私達の命のたぎりです。そしてそれが、永遠不滅の尊い大道につながるものです。

油断大敵、火がぼうぼうという述語を福澤諭吉翁がもじって「油断大敵、彼我茫々」と言いました。不注意こそ命とり、油断こそ命とりです。交通事故にしろ、処世のことにせよ諸々に、私達仏教を信奉するものは命の尊さを忘れてはなりません。「修証義」にこの一日は尊ぶべき身命なり、これをいと捨てんとすれば、即ち仏の御命を失わんとするなり、これに止まりて生死に著すればこれ仏の御命を失うべし。一時の油断は百日の修行を台なしにしてしまいます。

「伝光録」は血の滲むような厳しい修行を積まれた歴代の御様子が記された太祖大師の著書ですが、法の光を受継ぎ、受継いで参られたお姿が記されていることから「伝光録」と名付けられたと言われます。「光」と云う文字に強調された意義が感じ取れるのですが、私共を日夜導いて下さいます。光は法の光、御仏の量り知れないエネルギーの命の光であります。大本山永平寺御開山道元禅師、大本山総持寺御開山瑩山禅師、この御二方の御因縁によりこの遇い難い法縁を感謝し、法孫にある身の悦びを忘れてはならないのです。油の一滴、血の一滴――真に尊いものは命です。その命より尊いものが法です。仏さまの御命が即ち法であります。その恩命を油に例えて申し上げた次第です。

皆さまのお命は御仏から頂戴した尊いものです。そのお命を受継ぎ法を受継ぎ、次世代へと繁栄させる責任があるのです。法灯連綿、強く強くかかげて参りましょう。いじめで悩む子供を見つけるのはむずかしいかも知れません。でも必ず“兆”はあるものです。「子を愛する親」なら、「教え子を真に育む教師」であるならば、それを発見出来るはずでしょう。その困難を解決してやりながら、自殺などを考えることがどれ程に愚かしいかを諭してやるべきです。

法のため、御仏のためお身体を大切に、そしてくれぐれも御油断なきように、それを念じて終わります。この生命、即ち御仏の御命なり。大切にしましょう。


合掌

バックナンバー 『阿修羅と人の世』(正峰*第27号)
『病臥して想う』(正峰*第26号)
『人生百まで楽しく生きる』(正峰*第25号)
『「油断」を戒める御仏の教え』(正峰*第24号)
『人のお役に立つこと』(正峰*第23号)
『自らの人生を回顧する「生き抜くとは努力です」』(正峰*第22号)
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